≪解説≫

仏説ぶっせつりょう寿じゅきょう

浄土真宗の最も依り所とする経典であり、阿弥陀仏の本願(生きとしいくる全てのものを救いたいという願い)が説かれる。
仏説ぶっせつかんりょう寿じゅきょう
釈尊在世当時、王舎城おうしゃじょう に起こった事件を契機として、定善十三観じょうぜんじゅうさんかん 散善三観さんぜんさんかん とよばれる修行法及び念仏の法を説かれる。
仏説ぶっせつきょう
極楽浄土のうるわしいありさまを説き、その浄土に往生するには一心に念仏するしかなく、すべての諸仏がその念仏往生の法が真実であることを証明されるという内容を説かれる。
『正信念仏偈』(「正信偈」)
顕浄土真実教行証文類けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい 』(『教行信証』)の「行巻」末にある偈文。一句七言六十行百二十句からなり、本願の名号みょうごう とそれをいただく信心について述べられている。 本願寺第八代宗主蓮如上人は「正信偈」に「和讃」「念仏」をつけて、おつとめの形式としてまとめられた。「正信偈」は浄土真宗の門徒にとって最も親しまれ身近な「おつとめ」である。  
『浄土和讃』 (118首)
経典などによって阿弥陀仏とその浄土の徳を讃嘆したもの。
『高僧和讃』 (119首)
親鸞聖人はインド・中国・日本にわたる7人の浄土教の僧侶を七高僧と讃えられたが、その事蹟や著作に即してわかりやすく讃嘆されたもの。
七高僧
 (インド)

   龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)〈150〜250年頃〉10首

   天親菩薩(てんじんぼさつ)〈5世紀頃〉10首

 (中国)

   曇鸞大師(どんらんだいし)〈476〜542年〉34首

   導綽禅師(どうしゃくぜんじ)〈562〜645年〉7首

   善導大師(ぜんどうだいし)〈613〜681年〉26首

 (日本)

   源信和尚(げんしんかしょう)〈942〜1017年〉10首

   源空上人(げんくうしょうにん)〈1133〜1212年〉20首

 ※「結讃」2首
『正像末和讃』(116首)
親鸞聖人85歳以降の作と考えられており、聖人の信境の深さが伺える。
蓮如上人
1415〜1499年 本願寺第8代宗主。お手紙で浄土真宗のみ教えを伝える(「御文章」)等、独創的な伝道活動を展開し、今日の本願寺教団の基盤をつくり、本願寺教団中興の祖と讃えられている。本願寺宗主時代は延暦寺衆徒の本願寺破却等によって、本願寺を京都から近江、吉崎、摂津等に移し、1481年、京都山科に御影堂(ごえいどう)、阿弥陀堂(あみだどう)を建立されたが、その先々で熱心な布教を重ねられ、各地に門信徒を増やしていかれた。

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